「正露丸のラッパ音」﹑商標出願に至る舞台裏
2015/04/06 国際大幸薬品はなぜ"音"を商標登録するのか
「パッパラパッパ パッパラパッパ パーラパッパ パッパッパー、パッパラパッパ パッパラパッパ パーラパッパッパー」テレビCMなどでおなじみの“あの音”が4月1日、商標として登録出願された。申請したのは、胃腸薬「正露丸」を手掛ける大幸薬品だ。
10秒ほどのレトロな風情のメロディーは、日本の旧陸軍の食事時間を知らせる「食事ラッパ」をモチーフにしたもの。ラジオCMを開始した1951年から、60年以上にわたって使われてきた。
今回の商標登録出願に、大幸薬品は並々ならぬ思いがある。というのも、「正露丸」という名称は大幸薬品の登録商標であるものの、「一般的な名称になっている」との判決が1974年、2008年に最高裁で確定。そのため、他社でも自由に商品名に使うことができ、大幸薬品以外にも和泉薬品工業など複数の会社が正露丸を販売している。
日露戦争後から多数の正露丸が共存
なぜ一般的名称になっているのかというと、日露戦争後の“正露丸ブーム”で数多くの正露丸が現れ、何十年もの間、それらが共存してきたからだ。
正露丸は1902年に大阪の薬商、中島佐一薬房が「忠勇征露丸」という名で発売。その後、1946年に大幸薬品が製造販売権を取得し、1949年に「中島正露丸」、1954年に「正露丸」に名前を変更した。ただ、1904年に始まった日露戦争に日本軍が携行して勝利を収めたことで、人気が沸騰。知的財産保護の考えもなかった時代のこと、他社からも「正露丸」を名乗る製品が多数登場した。
こうした背景から、大幸薬品は正露丸の“名称”を独占できなかったわけだが、独自のブランディングとして軍隊ラッパを活用してきた。1946年のパッケージにもラッパのマークが描かれており、少なくとも約70年も前からラッパが大幸薬品の製品の象徴として使われていたことがわかる。
ラッパのマークについては、すでに商標登録が済んでいる。残すはラッパのメロディーだった。大幸薬品は「ラッパのメロディーもブランドを構成する1つの要素。商標登録によってブランドを保護・強化し、類似品との区別を狙う」と説明する。
狙いはそれだけではない。「ラーメンを想起させるチャルメラ音のように、テレビやゲームなどのお腹が痛くなるシーンで正露丸を想起させる音楽として広く使ってもらいたい」と、メロディーによるブランディング展開も視野に入れている。
出願の背景に改正法の施行
今回の出願の背景には、4月1日の改正商標法施行がある。従来は「文字」や「図形」など2次元のものに限られていた商標の対象が、「音」をはじめ「動き」「ホログラム」「色彩」「位置」にも広がった。
欧米、韓国、台湾、香港、シンガポールなど海外ではこのような商標をすでに導入しており、日本企業が海外で権利取得を進める事例も増えていた。たとえば久光製薬は、欧州などで「ヒ・サ・ミ・ツ」のメロディー、「匂い」が商標登録できる米国では、貼り薬のミントの香りを商標登録している。
日本は商標の制度面で世界の流れに後れを取っていたが、ようやくグローバルスタンダードの導入に至った。特許庁によると、出願受付初日の4月1日15時時点でオンラインでの出願が207件(音75件、色彩74件、位置43件、動き15件)、17時までの窓口を通じた出願は9件(音2件、色彩7件)に上った。ニーズの高さがうかがえる。
大幸薬品は正露丸を中国、香港、台湾を中心に海外でも販売している。長年テレビCMにラッパのメロディーを使っている香港では、2004年にメロディーの商標登録をした。今後、香港以外の海外でもメロディーの商標登録を検討している。
狙いは、跋扈(ばっこ)する“偽物正露丸”の排除だ。ただ、香港では「商標登録しているため、当局に偽物排除のお願いをしやすくはなっているが、効果は出ていない」(大幸薬品)との実情もある。
メロディーの商標登録が、どれだけビジネスに有利に働くかは未知数。大幸薬品は正露丸の名称で果たしきれなかったブランディングの夢を、ラッパのメロディーで取り返すことができるだろうか。
本文章は『東洋経済』から転載されたものです。